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ID:01121123 経済・経営 一年 2001年10月30日
http://s-kurukuru.jst.go.jp/room/sp/human/genome/index.htm
ゲノムという言葉の意味は、一般的に「細胞や個体が持つ遺伝情報のすべてのこと」です。これでは漠然としているのでもう少し具体的にいいます。「生まれた子供が親に似る」のは、あたりまえだと考えていますが、ではなぜ親に似るのでしょうか。私たちの体は60兆個もの細胞からできています。各々の細胞には核と呼ばれる構造があり、そこに「子に似る因子」が収納されています。その因子を「遺伝子」と呼びます。遺伝子は DNA と呼ばれる化学物質から成ります。また細胞が分裂するとき、 DNA が束のようになります。それを「 染色体 ( せんしょくたい ) 」といいます。
ヒトゲノム、あるいはゲノムという言葉はすでに色々なところで使われていますが、この言葉は21世紀に向けて、ますます重要な言葉になりつつあります。私たちの健康を脅かす病気のほとんどは、何らかの意味でゲノムと関係しています。ゲノムいうのは、細胞が持っているDNAとそれに書き込まれたすべての遺伝情報のことです。ある病気はそれにかかっている人自身のゲノムの変化によって引き起こされます。また、他の生物(例えば微生物)のゲノムが作りだす毒素などが原因となって病気になることもあります。いずれにしても、何らかの生物のゲノムが原因となって、私たちヒトの病気が起こることが非常に多いのです。この事実を見るだけでもゲノムの重要性は明らかでしょう。
ゲノムの本体である染色体の蛍光顕微鏡写真
具体的な例を挙げますと、大腸菌O157による食中毒の流行が、1996年夏に吹き荒れました。この病気は大腸菌のゲノム(正確には大腸菌にかかるウイルスのゲノム)がヒトに引き起こす病気です。大腸菌O157に潜り込んでいるウイルスのゲノムはベロ毒素というタンパク質を作るための情報を持っています。そして、このウイルスはベロ毒素を作った後、大腸菌を破壊してしまいます。そうすると、私たちの身体はベロ毒素にさらされることになり、食中毒の症状を引き起こすわけです。
高齢化社会となって、話題になっている病気に、アルツハイマー病があります。この病気の原因はまだ完全には明らかになっていませんが、ヒトのゲノムの中に原因の一部があることは間違いありません。大脳の中にアミロイドというタンパク質が蓄積されて、脳細胞が死んでいくと言われています。アミロイドを作る情報は、もちろんヒトのゲノムの中に書き込まれていますし、それを蓄積してしまう原因も何らかの形でゲノムの中に書き込まれていると考えられます。O157とアルツハイマー病というまったく異なる2つの病気が、いずれもゲノムに原因があるのです。
ゲノムはただ病気と深い関係があるばかりではありません。私たちヒトを始めとしたすべての生物は固有のゲノムを持っており、生物の姿・形を作る情報がゲノムの中に書き込まれています。そして、生物科学の長い歴史の中で始めて、私達はゲノムの中に書かれているすべての情報を読み出すことができるようになってきました。それを強力に推進しようとしているのがヒトゲノム計画です。今や「ゲノム」は生物科学の中で最も重要な言葉となっています。「ヒトゲノム」あるいは「ゲノム」という言葉とその意味を是非皆さんにも知っていただきたいと思います。
動物細胞 ( 真核生物 ) の例 
地球上には色々な生物がいますが、あなたはどのくらいの数の生物を知っていますか。ライオン、ゾウ、ウシ、ウマ、クジラ …… 。ツバメ、スズメ、ツル、カメ、ワニ、カエル、ヘビ
…… 。タイ、サンマ、イワシ、カレイ、ブリ、フグ …… 。カブトムシ、クワガタ、テントウムシ、アゲハチョウ、カマキリ …… 。タコ、イカ、ナマコ
…… 。ムカデ、ヤスデ …… 。スギ、マツ、カエデ、ケヤキ、キリ …… 。イネ、ムギ、ソバ、サツマイモ …… 。地球上にどのくらいの数の生物がいるかは誰も知りません。ただ身体の小さい生物ほど、多くの種類があるということが分かっています。大きさと種類の数の間の関係から、地球上にはおよそ数千万種類の生物が生息しているのではないかと考えられています。しかも、上に名前を示した生物を想像しただけでも分かるように、実に様々な姿・形をしています。これらの生物はそれぞれのゲノムを持っていますが、生物の多様性はそれらのゲノムの違いによって引き起こされているのです。
生物の進化の過程では、大きな変化が何回も起こったと考えられています。最初で最大の変化は、生物の誕生です。しかし、これについては、まだほとんど分かっていないといってもよいでしょう。次に、核のない生物(バクテリアなどで原核生物と言われます)から、核のある生物(酵母からヒトまでを含む多様な生物で、真核生物と呼ばれます)が進化しました。その次に起こった大きな変化が、単細胞生物から多細胞生物への進化です。
例えば、単細胞生物から多細胞生物が生じたときに、一体何が起こったのでしょうか。多細胞生物では、性質の異なる細胞がお互いに協調してシステムを構成しているわけですから、単細胞生物にはない新しい機能が付け加えられたことは間違いありません。単細胞生物である酵母と多細胞生物であるヒトを比べると、ヒトの方がゲノムの大きさがかなり大きいことが分かっています。このことはしごく自然なことで、多細胞生物のゲノムの情報から単細胞生物のゲノムの情報を引き算すると、多細胞生物が生まれるのに必要な遺伝情報が分かるかもしれません。それと同じように、酵母のゲノムから大腸菌のゲノムを引き算すると、真核生物と原核生物の遺伝情報の違いが分かると考えられます。このように、ゲノムの研究から生物科学で最も基本的な問題が解決されると期待されています。
しかし、まずは様々な生物のゲノムの情報が完全に解読されなければ、ゲノムの引き算も不可能です。そこで、ヒトを始めとした様々な生物のゲノムを解析するためのヒトゲノム計画が現在進行しています。バクテリアなどのより単純な生物の中には、ゲノム全体がすでに解読されているものがあります。そして、ヒトのゲノムも21世紀の初めには完全な解読が終わると考えられています。これによって生物の神秘もそのベールを脱ぐことになるでしょう。生物科学者達はわくわくしながら研究を進めているところなのです。
19世紀の半ば、メンデルという人がえんどう豆の遺伝現象を調べることによって、遺伝子という概念を発表しました(実はメンデルの発表は当初まったく無視され、30年近く後に再発見されました)。例えば、髪が黒いとか、目が茶色だというような性質が、親から子供に伝わりますが、それは遺伝子が親から子供に伝えられるからです。実は、私たちヒトの身体はおよそ5万〜10万の遺伝子によって作り出されているということが分かっています。遺伝子の数は違いますが、他のすべての生物も多くの遺伝子の働きによって身体ができています。そして、それぞれの生物が持つすべての遺伝情報を指して、ゲノムと呼んでいるのです。ですから、ヒトゲノムというのは、ヒトのすべての遺伝情報を指すことになります。

「遺伝子」とか「ゲノム」という言葉は単なる概念ではなく、それを実現している物質があります。それが染色体であり、DNA分子であり、DNA塩基配列です。生物は細胞でできています。私たちヒトの身体もおよそ60兆個の細胞でできています。そして、すべての遺伝情報を含んだ染色体は細胞の中の核という構造体の中に納められています。染色体は、巨大なDNA分子とヒストンなど何種類かのタンパク質からなっていますが、遺伝情報はDNA分子の中に書き込まれています。DNA分子は4種類のよく似た単位がつながったものです。アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)がそれらの単位の名前です。言い換えれば、遺伝情報はこれらの4種類の文字で書かれた文章です。そして、ヒトの遺伝情報を書き込んだ文章は、約30億の文字からなっています。ただ、30億の文字がひとつながりになっているわけではなく、23対の染色体(22対の常染色体とX、Yの性染色体)に分けられています。23本の染色体に含まれるDNAの30億の文字をすべて足すと、何と私たちの身長ぐらいの長さになります。私たちの身体は60兆個くらいの数の細胞でできていて、それぞれの細胞がすべて30億の文字を書き込んだゲノムを含んでいるというわけです。
以上のことから分かるように、ゲノムはDNA分子のすべてを合わせたものに対応しており、その中にある遺伝子はDNAのある断片(DNAのある長さの文字配列)に対応しているのです。何か不思議な気がしませんか?DNAのある文字の配列が髪を黒くし、別の文字の配列が目を茶色にしたりするというわけですが、どうしてそんなことが起こるのでしょうか。実はこれを実現するために、自然は非常に巧妙な仕組みを用意しています。DNAの文字配列が直接身体の性質を発現するのではなく、一度タンパク質のアミノ酸という別の分子の文字配列に変換(翻訳)しています。そして、そのタンパク質が身体のさまざまな構造や機能を発現しているのです。つまり、私たちヒトの細胞には30億の文字からなるDNA分子があり、その中には10万ほどの遺伝子に対応する文字配列が含まれています。それらのDNAの文字配列は巧妙な装置によってタンパク質のアミノ酸配列に翻訳されます。そして、それらの約10万種類のタンパク質が私たちの身体のすべての働きを担っているというわけです。
ヒトゲノム計画の研究対象であるヒトのゲノムは30億の文字(塩基対)でできています。これは新聞で言えば、30年分近い文字数にあたり、解読することはそう簡単なことではありません。しかし、1970年代から今まで多くの目覚ましい技術的発展があり、ゲノム解析のスピードは加速度的に上がってきました。それらの技術的な発展は余りにも多岐にわたっており、この小冊子ではとても説明しきれないほどです。そこで、ここでは構造解析の考え方について簡単に述べておきたいと思います。
大きなゲノムの解析は、ゲノムの地図作りとそれに基づく配列解析の二段階で行われています。現在の技術で、一度に配列の解読ができるのは、高々DNAの数100文字分程度の断片です。そこで、現実の巨大なDNAを小さく切断し、それらの断片の解読結果から再構成することになるのですが、これはあたかも数10年分の新聞の切り抜きにしたあと、もとの新聞を完全に再構成するような問題に相当します。すぐに分かるように、これは非常に難しい問題です。しかし、もしある切り抜きのどこかに「明日は東京オリンピック開幕
…… 」というフレーズが含まれていたすれば、その切り抜きがどの日の新聞の中にあったかということはすぐに分かります。それと同じように、30億のDNA文字配列の中に、他にはないユニークなフレーズがたくさんあれば、解析が非常に楽になるに違いありません。実際、ヒトゲノム計画でも、まず最初にできるだけ多くのユニークなフレーズを染色体の中に見つけることが計画されましたが、この研究段階を「ゲノムの地図作り」と呼んでいます。ゲノムを地形図に見立てた言葉です。
DNAの中には実際にユニークなフレーズがたくさんありますが、それらはどのようにしたら検出できるでしょうか。これには、DNAの示すハイブリダイゼーションという現象を使うことができます。ハイブリダイゼーションというのは、DNA分子はそれに相補的な(A−T、G−Cという対応関係のある)DNA分子と結合することをさしています。そこで、一つのユニークなフレーズに対応するDNAの断片を用意しておき、それがハイブリダイゼーションを示すかどうかを調べれば、そのフレーズがあるかどうかをたちどころに検出することができます。最近はSTSと呼ばれるDNA中のユニークなフレーズが1万個以上個見つけられており、十分細かいDNAの地図を提供しています。
地図ができると、今度はDNAを小さな断片に切断して配列を解析していくことになります。しかし、ヒトゲノムはあまりにも大きいので、何段階かに切断し、それぞれの断片を増幅して解析していきます。100万文字くらいの大きなDNA断片に使われるベクター(一種の入れ物)としてはYAC(酵母人工染色体)が用いられます。また、より小さな断片ではコスミド、プラスミドなどのベクターが用いられます。最後に数100文字くらいの小さなDNA断片になって始めて、完全なDNAの文字配列が解読されることになります。これらの解析には、ゲル電気泳動や、PCRなどの技術が多用されますが、大量配列解析のための装置は、今では大方が自動化されています。
このようにして構造解析で地図とシークエンス(文字配列)が得られると、次にそこに書かれた生物学的な意味を解明する機能解析の段階に進みます。モデル生物を用いたり、遺伝子の破壊実験を行ったりして、病気、発生、分化、免疫応答と遺伝子の関連を明らかにするような研究が今盛んに行われています。
130年程前にパスツールが生物の自然発生説を完全に否定する実験を行うまでは、生物は自然に土や肉汁から生まれると考えられていました。それから1世紀余りの生物科学の発展は目ざましく、20世紀の最後の10年はついに生物を作る情報であるゲノムの解析が行われるまでになりました。これが「ヒトゲノム計画」なのです。
20世紀は単に生物の理解が進んだだけではなく、病気の診断や治療の技術も格断に進歩しました。ビタミンの発見が相次ぎ、かっけなど食事の片寄りから起こる病気は予防できるようになりました。フレミングによるペニシリンの発見以降、抗生物質よって結核などの感染症の治療も可能になりました。免疫現象の理解からアレルギーの抑制ができるようになったり、脳の研究から精神病の治療薬が開発されたりもしています。この20世紀は生物の応用分野である医学・薬学の飛躍の1世紀でもありました。
それでは21世紀はどのような世紀になるのでしょうか?生物の中にはアナログ的な世界とデジタル的な世界とがあります。くじゃくのオスが着かざってメスの気を引く性質、学習による脳のネットワークの結線の変化、アメーバの運動、分解酵素の活性
… 。マクロからミクロまで様々な生物現象がありますが、これからの現象はコンピュータの中に表現することがなかなか難しいアナログ世界です。一方、DNAの文字配列とそれが表現している遺伝子の並びはコンピュータの中にデータベースとして瞬時に入力することができます。そして、各種の情報処理に利用することのできるデジタル世界を形成しているのです。生物科学の中のアナログ世界に対する研究は何世紀もの歴史があるのに対して、生物のデジタル世界に対する研究は高々数10年の歴史しかありません。本当の意味では、ヒトゲノム計画によって始めてデジタル世界の研究が本格化しました。そして、現在は精力的に、生物のデジタル世界の研究が進められているのです。
21世紀に入ると、これまで個別に行なわれてきた生物の挙動、姿・形、性質などのアナログ世界の研究と、ゲノムの情報というデジタル世界の研究が、融合していくと考えられます。つまり、ゲノムの情報が生物の挙動、姿・形、性質を生み出す一般的な原理の探索、発見が行われるようになるでしょう。生物のアナログ世界とデジタル世界をつなぐという新しい研究分野が開かれていくのです。これは、本当の境界領域であり、生物科学ばかりではなく、情報科学、物理・化学、各種の工学などの多くの学問分野をまき込み、医学・薬学などの応用分野も様変わりする可能性を秘めています。このような21世紀最大の科学の流れのキーワードが「ゲノム」であり、「ヒトゲノム」なのです。今後の「ゲノムサイエンス」の展開に是非注目していただきたいと思います!
ここまで読まれた方は、きっと多くの疑問を持ったに違いありません。「ここまで読んでも、やはり《ゲノムとは何か?》が分からない!」という人もいると思います。ゲノムの専門家も「ゲノムとは何か?」を知りたくて懸命に研究を行っているのですから、この疑問も当然です。
もう少し立ち入った疑問もあると思います。
「私たちの身体は60兆近い細胞でできているとして、5万〜10万の遺伝子はそれをどうやって制御しているのだろうか?」
「すべての細胞が同じ遺伝情報を持っているというのに、私たちの身体は姿・形や性質の違う様々な細胞や器官からなっている。それはなぜだろうか?」
「昆虫のような幼虫と成虫がまったくかたちの違う生物がある。どうしてこんな変化が起こるのだろうか?」「私達はなぜ必ず死ぬのだろうか?」

これらの疑問の一端を説明するために、もっと具体的な例について考えてみましょう。私たちの身体には腹と背中があります。一方、私たちの身体ができる前の最初の状態は、上下・左右・前後のない一個の卵細胞です。それが受精後何回も細胞分裂を起こして、60兆個の細胞からなる私達の身体ができるわけです。そうすると、発生のある段階で腹と背中の違いができてくるということになります。「それでは何が身体の腹と背中を決めているのだろうか?」腹と背中があって、身体が非対称になっていることは、私たちにとってあまりにも当たり前で、普段はこんな疑問すら沸きません。しかし、身体に腹と背中があるのには、ちゃんと原因があります。実は、ゲノムの中にはある細胞がどんな性質のものになるかを決めるスイッチのような遺伝子がちゃんと用意されています。この場合は腹と背中を決めるスイッチのような遺伝子がゲノムの中に存在しているのです。また、昆虫の中には、幼虫と成虫でまったく形の違うものがありますが、これは幼虫を作る遺伝子と成虫を作るための遺伝子があるからです。そして、どの遺伝子を働かせるかということを切り替えるスイッチのような遺伝子がやはり存在しているのです。今では、このようなスイッチとして働く遺伝子がゲノムの中にたくさんあると考えられています。
「ヒトの5万〜10万種類の遺伝子はどのようにして身体の60兆近い細胞を制御するのだろうか?」という問題は、〈腹背を決めるスイッチ〉、〈神経を作るスイッチ〉、〈細胞を血球にするスイッチ〉という具合に、非常に多くのスイッチとして働く遺伝子の存在によって理解することができます。しかし、非常にたくさんある生物現象が、それぞれどのようなスイッチで制御されているか、そしてスイッチがどのようなDNAの文字配列でできているかという具体的な問題になると、研究はまだ始まったばかりです。「身体の各部の細胞は同じ遺伝情報を持っているのに、姿・形や性質が違うのはなぜでしょうか?」という疑問も、やはり細胞の個性を発現させるスイッチ(調節)遺伝子によっています。ヒトゲノム計画では、ヒトの全遺伝子のカタログを作ることによって、身体を作る調節遺伝子のすべてを明らかにすることができると期待されています。
私たちの身体で最も神秘的な部分は脳です。私たちが何か考えるときに働いているのは脳であり、身体の他の部分の感覚や動きを制御するのも、最終的には脳です。そのために神経細胞は非常に長い突起を伸ばし、信号のやり取りのためのネットワークを作っています。細胞によっては、数10センチメートルも先の細胞にまで突起を伸ばして正確に信号を送っています。例えば、目の網膜には、光を受ける視細胞と同時に、視神経が並んでいます。大脳の視覚野は後頭部にありますから、視神経ははるばると後頭部に向けて突起を伸ばしていかねばなりません。この時、突起の道筋にあたる細胞の表面に道しるべのようなタンパク質が発現しています。視神経が突起を出すのと時を同じくして、道筋にあたる細胞にスイッチの調節タンパク質が働き、道しるべのタンパク質が合成されるようになっているのです。視神経の突起はそれをたどることによって、正確なネットワークを作ることができるわけです。
インシュリン 
トリオースリン酸異性化酵素 
ポーリン 
ロイシンジッパー 
スイッチ、道しるべ、ついでに言えば、神経の信号を発生させるチャネル、視細胞で光を受ける受容体など、機能している分子はすべてタンパク質です。スイッチとして働くタンパク質は、DNAのある特定の文字(塩基)配列のところに結合するタンパク質です。このタンパク質がDNAに結合すると、DNAのその部分に隣り合う遺伝子が働かなくなります。遺伝子が働くには、特別の読みだし装置がDNAに結合して、そこにある文字配列を読んでいきます(それに従ってRNAを合成していきます)。しかし、スイッチのタンパク質がDNAに結合していると、レールに物を置くと列車が動けなくなるように、読みだし装置が文字配列を読むことができなくなるのです。一方、道しるべのタンパク質は、細胞の表面にあり、細胞膜の中に埋め込まれています。そして、隣の細胞にある同様のタンパク質と結合する性質があります。これによって、細胞集団の自己組織化が行われているのです。また、神経の信号は、細胞の内外に発生する電気信号です。細胞は一種の電池になっていて、細胞内がマイナス、細胞外がプラスになっています。細胞膜にあるチャネルというタンパク質が働くと、膜内外の電圧が反転するのですが、それが信号となって神経を伝わっていくのです。網膜にある視細胞の光受容体は、光を吸収することのできるタンパク質です。光を吸収すると、このタンパク質は少し構造を変え、電気信号を発生するための反応を開始させます。
こうしてみると、タンパク質は本当に色々なことができる働き者ですが、どうしてこんなことができるのでしょうか?一つ一つのタンパク質についてみても、まだ分からないことだらけです。ただ、概念的に言えば、タンパク質はその働きをするのに最適な構造をしています。スイッチ、道しるべ、チャネル、受容体
……… 。それぞれの機能を果すのに適切な姿・形をしているのです。さらに立ち入って、「なぜタンパク質の形ができるのか?」と問われれば、それはまだ謎だとしか答えられません。ヒトの10万種類のタンパク質についてアミノ酸の文字配列がすべて分かったとき、この疑問が非常に大きな問題として、クローズアップされてくると考えられています。
コンピュータはゲノムの理解に不可欠です。
ヒトゲノム計画を始めるにあたって、従来の生物科学が直面したことのない非常に大きな問題があることが分かっていました。それは、計画が進めば進む程、扱うデータの量が膨大なものになるということです。もう一度新聞の例を挙げて考えてみましょう。数10年分の新聞の山があったとします。その中で『一番最初に「ゲノム」という言葉が登場したのは何年何月何日の新聞ですか?』という問いに対して、手作業で1ページづつ見ていくのはほとんど不可能です。しかし、すべての新聞の記事がデータベース化されていていれば、事情はまったく違います。検索ソフトを用いて「ゲノム」という言葉をさがせば、すぐに答えが出てきます。割合単純なデータである新聞のテキストの場合でも、コンピュータの威力は大変なものですが、ヒトゲノム計画の場合はさらにデータは複雑です。まず、配列のデータだけを考えてみても、二つの配列が完全に一致することはなく類似度が問題となります。どのくらい似ているか、またどこが似ているかということなどを定量的に解析することは、コンピュータでも非常に時間がかかります。しかし、類似度の解析からは、生物種同士の進化的な近さを評価することができますし、たんぱく質の機能の推定も可能となります。それだけではなく、データベースの種類はが一つではなく、遺伝子の地図、DNAの文字配列、アミノ酸配列、タンパク質の立体構造、遺伝子と遺伝子の関係、遺伝病、これらに関係する文献など様々なデータベースがあります。このように複数のデータベースがあり、しかもデータがそれぞれお互いに非常に関係が深いと、単に一つのデータベースの中だけで検索するのではなく、データベースからデータベースへわたり歩いて総合的なデータを収集することが求められます。例えば、ある遺伝病に関心があったとすると、まず遺伝病のデータベースを検索します。その遺伝子が見付かれば、そのDNA文字配列を探すためにDNA塩基配列データベースを探しに行きます。さらにそれに関係するアミノ酸配列や、タンパク質の立体構造のデータベースを見てみたり、文献を検索して付加的な情報を探すということになるでしょう。このように、複雑な検索ができるような統合化されたデータベースが、ゲノム研究の大きな流れとなっています。
しかし、ゲノム研究における知識情報処理は、データを蓄え、検索するということにとどまりません。ゲノム研究の情報処理には、まったく質的に違う側面があります。一つは、生物のシステムがあまりにも複雑だということであり、他方はシステムを構成する機能素子(すなわちタンパク質)の機能のメカニズムをまだ私たちは理解していないということです。ある生物種(たとえばヒト)のゲノムを完全に解読したとき、数千ないし数万の遺伝子が提示されますが、その何割かは全く機能の分からないたんぱく質に対応しています。現在は、まだそのようなデータに対する情報処理が十分確立していませんが、将来研究が進めば、次のような情報処理が行われることになります。それらのたんぱく質のアミノ酸配列がどのような立体構造を作り上げるかが予測されます。次に、すべての機能単位の組み合わせとして、細胞、組織、個体の形や挙動をシミュレーションすることになるでしょう。将来はシステムとしての生物をコンピュータの中で構築することができるようになるはずです。
ヒトゲノム解読完了 |
という記事がでました、その内容は
セレーラ社 は、約30億個の遺伝暗号文字のほぼ全体を、 ヒトゲノム計画 は約90%を解読したと発表した。「人間の設計図」にあたる人の全遺伝子情報ヒトゲノムの解読を進めてきた日米欧の公的研究機関と民間(セレラ・ジェノミクス社)が先陣争いを演じてきた。今後は「協調への話し合いを始める」という。
・・・・・中略
この遺伝情報をすべて読み解こうとするヒトゲノム計画は、人類を月に送り込んだ米国の「アポロ計画」とも比べられる巨大プロジェクトである。
・・・・後略
しかし、大変なのはこれからで、このゲノムの「どの部分」が「何の遺伝子」なのかを探る作業が残っている。(一部わかっているものもある)
米国立バイオテクノロジー情報センター
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/
ゲノムネット
http://www.genome.ad.jp/
セレラ・ジェノミクス社
http://www.celera.com/
米エネルギー省の「ヒトゲノム計画情報」
http://www.ornl.gov/TechResources/Human_Genome/
「あなたの遺伝子、あなたの選択」
http://ehrweb.aaas.org/ehr/books/index.html
まだよく分かっていないことを明らかにする !
2000 年 4 月 7 日(金) 15 時 33 分
セレラ社がヒトゲノム読み取りレースに勝ち名乗り( WIRED )
米国の民間企業セレラ・ジェノミクス社が、ヒトの DNA の全塩基配列の読み取りを
完了した。
同社は 6 日朝 ( 米国時間 ) 、『 http://www.ornl.gov/hgmis/publicat/hgn/hgn.html/
ヒトゲノム計画』の見通しを論議する予定だった下院公聴会において、この驚くべき
発表を行なった。
「塩基配列の読み取り段階は終了した」と、 http://www.celera.com/ セレラ社の
クレーグ・ベンター社長は述べた。
この発表によって、セレラ社は、長く注目を集めてきた公的ヒトゲノム計画との競
争の正式な勝者となった。これは公共プロジェクトのスケジュールはもちろん、セレ
ラ社自身の予定をも数ヵ月先んじる結末だった。
「すばらしい。信じられない科学の快挙だ。彼らはまさに技術の壁を押し破り、誰
もできるとさえ思っていなかったことをなしとげたのだ。しかも、予定をはるかに先
んじて …… 驚くべきことだ」。バークレーに本社を置くゲノム関連企業である米ネオ
モーフィック社ののサイラス・ハーモン社長兼最高経営責任者 (CEO) はこう語った。
つぎのステップは数週間以内に DNA 全体の地図を完成させることだとベンター社長
は述べた。セレラ社の科学者たちは、断片的に読み取られた塩基配列を、それが実際
に染色体の中のどの位置に配置されているかに従って組み合わせていくことになる。
この成果の重要性は途方もなく大きい。ヒトゲノムの全塩基配列の決定は歴史に残
ると言われる偉業であり、ヒトの DNA の 2 重らせんを構成する 30 億の塩基対の位置を突
きとめて地図化するプロセスは、掛け値なしにきわめて困難で、時間のかかる作業
だ。
ゲノムには、特定の生物の遺伝情報の全てが含まれている。 1 組の染色体には、生
体の全プロセスにかかわる指示が書き込まれているのだ。
今回読み取りが終了した断片がつなぎ合わせられたならば、研究者はその情報を遺
伝子診断に利用し、遺伝子治療法を開発していくことになる。
「この重要性はどんなに強調してもたりないぐらいだ …… 本当に、今日は科学にと
って大きな記念日だ」と、ハーモン社長。
ベンター社長は、セレラ社は 2000 年末までには地図に注釈をつける作業を完了する
だろうと語った。
ベンター社長は、セレラ社が公共プロジェクトより早く完成させようと
http://www.wired.com/news/technology/0,1282,33551,00.html 競争
( 英文記事 ) して
いたわけではないと語ったが、両社は過去において
http://www.hotwired.co.jp/news/news/2178.html 競い合ってきた。
セレラ社は、ゲノムの情報は希望する研究者は誰でも利用できるものにする予定
だ、とベンター社長は語った。同社については、
http://www.hotwired.co.jp/news/news/Technology/story/3873.html 情報へのアク
セスを制限したがっているという非難の声が繰り返しあがっていた。
「我が社はヒトの DNA の塩基配列を公開し、インターネット上で、なんら制限を設
けずに研究者が利用できるようにするつもりだ」とベンター社長は述べた。
しかしベンター社長は同時に、 500 におよぶ遺伝子について特許を取得しようとす
る同社の計画について弁明した。
セレラ社は、昨年遺伝子の塩基配列に関して 6500 件の特許を出願したという。だ
が、現在同社は、それは遺伝情報に関する予備的な書類を提出したに過ぎず、特許を
申請するのは、主に薬品の開発に重要になるだろう遺伝子についてだけにとどめるつ
もりだと述べている。
セレラ社がヒトゲノムの塩基配列解析に着手したのは 1999 年 9 月のことで、それ以
来メディアのみならず政府からも重大な関心をもって注視されてきた。
ゲノムの地図化に関して、セレラ社は民間としては最大のスーパーコンピューター
と称するものを使い、塩基配列を突きとめるために『ショットガン』と呼ばれるテク
ニックを用いた。セレラ社の科学者であるマーク・アダムズ氏が、ショットガン・テ
クニックのアルゴリズムを開発し、同社はこれを使ってショウジョウバエのゲノム地
図を完成させた。この研究に関しては、最近の『
http://www.sciencemag.org/feature/data/genomes/landmark.shl サイエンス』誌で
公表されている。
ヒトゲノム計画では、ヒトゲノムの 90 %について、正確を期すために 4 重ないし 5 重
に重複マッピングした最初の暫定地図をまもなく出す予定だといわれている。最終地
図案は 2002 年ないしは 2003 年に提出される予定だ。
このヒトゲノム計画とセレラ社の間には以前
http://www.hotwired.co.jp/news/news/Technology/story/3364.html 共同研究の話
し合いがもたれたのだが、何度か試みたにもかかわらず両者は手を結ぶことができな
かった。
6 日の公聴会で、ベンター社長は、同社とヒトゲノム計画は、実際同意にまで至っ
たのだが、英国のリサーチ・センターから邪魔が入って中断してしまったと語った。
「われわれは同意に達し、合意事項の覚え書きを作成した。だが、最後の瞬間にな
って英国の http://www.wellcome.ac.uk/ ウェルカム・トラストと
http://www.sanger.ac.uk/ サンガー・センターから圧力がかかって取りやめになっ
た」とベンター社長は語った。「政府全体がセレラ社と協力するのでなければ困る …
… ばらばらの契約で政府のプロジェクトに参加しようとは思わない」
連邦政府はこの件については調査中だとしている。
この発表のあと、セレラ社の株価は、ニューヨーク証券取引所の午後の取引におい
て 24 ドル 5/8 急騰して 139 ドル 5/8 になり、出来高でもトップに立った。
[ 日本語版:小林理子/岩坂 彰 ]
日本語版関連記事
・ http://www.hotwired.co.jp/news/new
s/technology/story/20000407307.html 遺
伝子研究者が『ナップスター』技術の応用を検討
・ http://www.hotwired.co.jp/news/news/Technology/story/3930.html インターネ
ットで遺伝子情報をばら売り
・ http://www.hotwired.co.jp/news/news/Technology/story/3873.html 米英両首脳
が遺伝子情報の公開を呼びかけ
・ http://www.hotwired.co.jp/news/news/Technology/story/3364.html 民間企業の
協力で『ヒトゲノム計画』加速の可能性
・ http://www.hotwired.co.jp/news/news/2178.html 米国政府が公的ヒトゲノム計画を後押し
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[ワイアード 2000 年 04 月 07 日]
ヒトゲノム計画が完了し、ヒトの遺伝子の配列や役割がすべて明らかになれば、医学やバイオ技術、生命科学など各分野は飛躍的な進歩を遂げるだろう。しかしそれと同時に さまざまな問題が生じてくることも必至である。このページでは、ヒトゲノム計画によって生じる倫理的問題をいくつか紹介していく。あなたはこれらの問題についてどのように感じるか?
・ゲノムの個人データは誰のもの?
ヒトゲノム計画が完了すれば、個人のゲノムデータが使われる日もそう遠くはないだろう。個人のゲノムデータを調べられるようになれば、病気の予防や治療に
大きな効果をもたらす反面、データの管理上の問題も浮かび上がってくる。果たして個人の遺伝情報は、誰でも自由に知ることができてよいのだろうか。特に保険会社や就職
先、結婚の相手、裁判所、学校・軍隊に入る際、判断の一基準としてしまってもよいのかどうかが問われる。本人の意思ではどうにもならない、このゲノムというヒトの元と
なっている情報を判断基準にしてしまうことは、不必要な差別、偏見を生み出す事にはならないだろうか。また、ゲノム情報にはどれだけ人々への影響力があるのだろうか。
またそもそも遺伝情報は差別や偏見を起こすほど影響力の高いものなのだろうか。
・遺伝子診断
個人のゲノムデータがわかるようになれば、その人が潜伏的に持っている病気や欠陥遺伝子が明らかになる。果たしてこれはその人に知らされるべきものなのだろうか。そ もそも調べるべきことなのだろうか。さらにこの技術を使えば出産前診断も可能となる。親は、子がすでに病気を保持、または欠陥遺伝子を持っているとわかったとき、子を 生まずに中絶してしまってもよいのだろうか。この検査は実施されるべき、または全員にやられるべきものなのか。すでにこれは可能となっており、各国により対応はさまざ まである。しかしまだはっきりとした位置付けがないのが現状である。今後の規制が注目される。
・デザイナーベビー
技術が発展すればやがて出産前診断どころではなく、自分の子供のあらゆる特徴を決めることも可能になるかもしれない。性別にはじまり肌や髪の毛や目の色、身長、体重 、賢さや運動神経のよさ、そして病気や障害を持たない子である。これがデザイナーベビーであるが、実際にこれは行われるべきなのだろうか。我が子を大切にする親の気持ちはどこも同じだろうが、ここまでする必要はあるのだろうか。
・特許の申請について
各医薬品会社は、自社で明らかにした DNA の配列に対して特許を申請している。これはその部分の遺伝子の役割が不明のまま、とりあえず DNA の一部の塩基配列に対して特許を取ってしまおうというものであった。f各医薬品会社では特許をとり利益を独占しようと必死である。結局特許は認められなかったものの、実際インスリンやインターフェロンなど、遺伝子の塩基配列、機能すべてが明らかになっている遺伝子に対しては特許が出ていることも事実で
ある。果たして私たちヒトが皆持つ遺伝子の配列に対して特許は本当に出されるべきなのだろうか。今後国際的な検討が必要となってくるだろう。
もう一つはプライバシーの問題である。ゲノム解読の時間がどんどん短縮され、個人の DNA 情報が調べれるような時代はやがて訪れるだろう。この個人データは病気の治療や予防に役立つ反面、差別のもととなったり悪用されかねない。ゲノムを調べることによって
、その人が潜在的に持っている病気や遺伝子の欠落が明らかになってしまう。研究が進めばそれ以上のことまでもがわかるようになるかもしれない。これが就職や結婚の際な
ど社会的な面での審査の対象となったり個人データを悪用、乱用した犯罪も現れるかもしれない。個人のゲノムデータの管理の問題は重要なポイントとなってくるだろう。
このようにゲノムも解読にはたくさんのプラス面もあると同時にマイナス面もある。大切なのは一人一人の理解と責任であり、ゲノムのデータを正しいことに利用していくことではないだろうか。
Last update:
01/26/2004 20:25
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